大西洋岸森林

大西洋岸森林(たいせいようがんしんりん)は、ブラジルの大西洋側を主軸に、内陸側へ広がりつつパラグアイ・アルゼンチン国境域にも連続する森林域・生物群系である。現地ではポルトガル語でMata Atlântica(マタ・アトランチカ)と呼ばれる。[1]
概要
[編集]「大西洋岸森林」の範囲は、用語法により広狭がある。狭義には主として海岸部に残る湿潤な森林(熱帯降雨林)を指す用法がある一方、ブラジルの法制度・公的整理では複数の森林タイプ(混交林・季節林など)に加え、マングローブやレスチンガ(海岸砂地植生)などの関連生態系を含む枠組みが採用されている。[2][3]
大西洋岸森林は高い固有性と生物多様性で知られ、保全上の優先度が高い地域の一つとされる(いわゆる生物多様性ホットスポットの議論を含む)。[4]
一方で、歴史的な土地利用転換により森林の減少と断片化が進行し、残存率の推定は手法(原植生のみ/二次林を含む等)で大きく変動することが指摘されている。[5][6]
位置・範囲
[編集]ブラジルの大西洋岸に沿って南北に長く分布し、国内17州にまたがるとされる。[3]また、ブラジル内陸側から隣国境域へ連続する森林としても記述されている。[1] 公的整理では、IBGE(ブラジル地理統計院)の地図等に基づき「Bioma Mata Atlântica(マタ・アトランティカ生物群系)」の範囲が示され、同範囲が法制度上の適用単位として参照される。[2]
自然環境
[編集]地形・気候
[編集]大西洋沿岸から内陸へ向かう地形・降水の勾配、緯度・高度の幅が大きく、森林組成の地域差を生む要因とされる。ブラジル域に関する広域研究では、海岸部は年間を通じて降水が多い一方、内陸側は相対的に少雨となる傾向が示されている。[5]
植生・生態系
[編集]公的整理(法制度上の定義)では、熱帯降雨林(密生常緑広葉樹林)に相当する森林タイプのほか、アラウカリア林(混交林)、季節的半落葉樹林・季節的落葉樹林などの森林タイプ、さらにマングローブ、レスチンガ、高地草原、内陸湿地、北東部の飛び地的森林(enclaves)等の関連生態系が含まれる。[2][3] 一方で、狭義の用法として、沿岸部の原生林に近い熱帯降雨林に限定して「マタ・アトランティカ」を指す場合があることも指摘されている。[1]
生物多様性
[編集]大西洋岸森林は、多数の植物・脊椎動物が報告される高多様性地域として言及されている。広域研究では、植物種数(2万種超)などの規模感が示される。[5] また、保全上の優先地域(ホットスポット)として扱われる文脈があり、ブラジル域の解析では、残存植生量の推定レンジ(例:11–16%)が示される一方、高解像度の土地被覆図に基づき、より高い被覆率(例:28%)を得る研究もあるなど、推定値は定義と手法に依存する。[6]
森林減少と断片化
[編集]残存率については推定が分かれる。ブラジル域を対象とした衛星図化・解析では、原植生に対して森林が11.7%程度残るとの推定が示され、断片の多くが小面積であること、林縁近傍が大きな比率を占めることなどが報告されている。[5] 一方、より高解像度の土地被覆図に基づき、二次林等を含む「在来植生」としての被覆率を28%(約3,200万ha)とする推定も示され、復元余地(例:河畔域など)とあわせて議論されている。[6] また、地域史研究として、州レベルでの森林被覆の長期変化を論じる日本語論文もある(例:サンパウロ州の歴史的推移)。[7]
人間との関わり
[編集]土地利用
[編集]近世以降の土地利用(植民・農地化・都市化など)を背景に、森林は段階的に減少してきたとされる。1500年以降の利用史と森林減少の経路(染料木の伐採、鉱山開発、農業拡大など)が文献に整理されている。[1][8]
保護・管理
[編集]ブラジルでは「Lei nº 11.428/2006(通称:Lei da Mata Atlântica)」により、Bioma Mata Atlânticaの在来植生の利用・保護に関する枠組みが整備され、IBGE地図による範囲設定と、対象となる森林タイプ/関連生態系の列挙が明示されている。[2] また、国の環境行政当局の解説では、森林タイプと関連生態系の構成、分布の概況、提供する生態系サービス等が整理されている。[3] 復元については、法令順守(例:河畔域の復元義務)と生態学的観点(連結性の回復など)の双方から、具体的な復元面積や期限を含む議論が提示されている。[6]
課題
[編集]断片化の進行、林縁効果の増大、残存林の立地(保護区からの距離を含む)などが保全上の論点として挙げられ、広域解析に基づく保全計画の必要性が指摘されている。[5] また、残存率推定のばらつき(定義・手法差)を踏まえつつ、復元を通じた連結性の改善や、法令順守に伴う復元需要が将来の鍵として論じられている。[6]
国際的指定(生物圏保護区・世界遺産)
[編集]ユネスコの生物圏保護区(Biosphere Reserve)として「Mata Atlântica Biosphere Reserve」が指定されており、指定年(1991年)と区分別面積(コア・緩衝・移行)が公表されている。[9] また、大西洋岸森林域の一部は世界遺産(自然遺産)として登録されており、例えば「Discovery Coast Atlantic Forest Reserves」(8つの保護区、登録基準(ix)(x)、資産面積111,930ha)や、「Atlantic Forest South-East Reserves」(25の保護区、資産面積468,193ha、緩衝地帯1,223,557ha)などがある。[10][11] ただし、これらは「大西洋岸森林(生物群系)全体」と同義ではなく、森林域のうち保護区として登録された構成資産である。
関連項目
[編集]脚注
[編集]- 1 2 3 4 山添源二・豊田貴樹「ブラジル大西洋岸森林(マタ・アトランティカ)の生態及び保全 (PDF)」『海外の森林と林業』(84号)、2012年、21–26頁。2026年2月25日閲覧。
- 1 2 3 4 “Mapa da Área de Aplicação da Lei n° 11.428 de 2006 (Limite do Bioma Mata Atlântica)” (PDF) (ポルトガル語). Instituto Brasileiro de Geografia e Estatística (IBGE) (2012年). 2026年2月25日閲覧。
- 1 2 3 4 “Mata Atlântica” (ポルトガル語). Ministério do Meio Ambiente e Mudança do Clima (MMA) (2022年1月28日). 2026年2月25日閲覧。
- ↑ Myers, N.; R. A. Mittermeier; C. G. Mittermeier; G. A. B. da Fonseca; J. Kent (2000-02-24). “Biodiversity hotspots for conservation priorities”. Nature 403 (6772): 853-858. doi:10.1038/35002501. PMID 10706275 2026年2月25日閲覧。.
- 1 2 3 4 5 Ribeiro, M. C.; J. P. Metzger; A. C. Martensen; F. J. Ponzoni; M. M. Hirota (2009). “The Brazilian Atlantic Forest: How much is left, and how is the remaining forest distributed? Implications for conservation” (PDF). Biological Conservation 142 (6): 1141-1153. doi:10.1016/j.biocon.2009.02.021 2026年2月25日閲覧。.
- 1 2 3 4 5 Rezende, C. L.; F. R. Scarano; E. D. Assad; C. A. Joly; J. P. Metzger; B. B. N. Strassburg; M. Tabarelli; G. A. Fonseca et al. (2018). “From hotspot to hopespot: An opportunity for the Brazilian Atlantic Forest”. Perspectives in Ecology and Conservation 16 (4): 208-214. doi:10.1016/j.pecon.2018.10.002 2026年2月25日閲覧。.
- ↑ 池永啓介・熊崎実「熱帯林の消失に「趨勢の反転」はあり得るか―ブラジル・サンパウロ州の歴史的な経験をもとに (PDF)」『ラテンアメリカ・レポート』15巻(3号)、1998年、50–57頁。2026年2月25日閲覧。
- ↑ 池永啓介「大西洋岸森林(マタアトランチカ)500年の歴史」『朝倉世界地理講座―大地と人間の物語― ラテンアメリカ』朝倉書店、2007年、324–333頁。
- ↑ “Mata Atlântica Biosphere Reserve, Brazil” (英語). UNESCO (2020年7月). 2026年2月25日閲覧。
- ↑ “Discovery Coast Atlantic Forest Reserves” (英語). UNESCO World Heritage Centre (1999年). 2026年2月25日閲覧。
- ↑ “Atlantic Forest South-East Reserves” (英語). UNESCO World Heritage Centre (1999年). 2026年2月25日閲覧。
文献
[編集]- 池永啓介 (2007). “大西洋岸森林(マタアトランチカ)500年の歴史”. 朝倉世界地理講座―大地と人間の物語― ラテンアメリカ. 朝倉書店. pp. 324-333
- 山添源二・豊田貴樹 (2012). “ブラジル大西洋岸森林(マタ・アトランティカ)の生態及び保全” (PDF). 海外の森林と林業 (84): 21-26 2026年2月25日閲覧。.