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スティーブ・フィンリー

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スティーブ・フィンリー
Steve Finley
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 テネシー州ユニオンシティ
生年月日 (1965-03-12) 1965年3月12日(61歳)
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手
プロ入り 1987年 ドラフト13巡目
初出場 1989年4月3日
最終出場 2007年6月3日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

スティーブン・アレン・フィンリーSteven Allen Finley, 1965年3月12日 - )は、MLBの元選手。ポジションは外野手アメリカ合衆国テネシー州ユニオンシティ出身。

経歴

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プロ入り前

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1986年のMLBドラフトアトランタ・ブレーブスから11巡目に指名を受けたが契約せず。

オリオールズ時代

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1987年のMLBドラフトボルチモア・オリオールズから13巡目に指名を受け入団。1989年4月3日ボストン・レッドソックス戦でメジャーデビューを果たすが、守備の際に負傷しいきなり故障者リスト入りの憂き目に会う。1990年に22盗塁を記録するなど頭角を現す。1991年1月10日グレン・デイビスとの交換トレードで、カート・シリングピート・ハーニッシュと共にヒューストン・アストロズに移籍。

アストロズ時代

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移籍1年目の1991年は打率.285・170安打・10三塁打・34盗塁を記録する。1992年は全試合出場を果たし、打率.292・177安打・13三塁打・44盗塁と更に成績を伸ばした。1993年は故障の影響もあり全体的に数字を落としたが、13三塁打はリーグトップだった。1994年MLBストライキでシーズンが打ち切られたが、自身初の二桁となる11本塁打を記録した。12月28日デレク・ベルダグ・ブロケイルら6選手との交換トレードで、ケン・カミニティロベルト・ペタジーニらと共にサンディエゴ・パドレスに移籍。

パドレス時代

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1995年は打率.297・36盗塁を記録し、初のゴールドグラブ賞を受賞。1996年は長打力が増し、打率.298・195安打・45二塁打・30本塁打・95打点・126得点を記録、チームの12年ぶりの地区優勝に大きく貢献する。自身初のポストシーズンとなったセントルイス・カージナルスとのディビジョンシリーズは12打数1安打に終わり、チームも3連敗で敗退した。2年連続でゴールドグラブ賞を受賞し、MVPの投票でも10位に入った。1997年オールスターゲームに初めて選出される。1998年は打率.249・14本塁打、キャリアワーストの103三振など不振だったが、チームは2年ぶりに地区優勝を果たす。古巣アストロズとのディビジョンシリーズでは打率.100に終わるが、ブレーブスとのリーグチャンピオンシップシリーズでは打率.333と活躍し、14年ぶりのリーグ優勝に貢献した。しかしニューヨーク・ヤンキースとのワールドシリーズでは打率.083と振るわず、チームも4連敗と一蹴された。シリーズ直後にフリーエージェントとなり、12月18日アリゾナ・ダイヤモンドバックスと4年契約を結び移籍。

ダイヤモンドバックス時代

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1999年は34本塁打・10三塁打、キャリアハイの103打点を記録し、ルイス・ゴンザレスマット・ウィリアムズジェイ・ベルと『100打点カルテット』を形成、前年地区最下位だったチームは100勝を挙げて地区優勝を果たす。ニューヨーク・メッツとのディビジョンシリーズでは打率.385と活躍するものの、チームは1勝3敗で敗退した。2000年は3年ぶり2度目のオールスターゲームに選出される。2001年は14本塁打・73打点に留まるが、チームは2年ぶりの地区優勝。カージナルスとのディビジョンシリーズでは打率.421を記録するなど、チームを初のリーグ優勝に導く。ヤンキースとのワールドシリーズでも打率.368・1本塁打と活躍し、史上最速となる球団創設4年目での世界一に輝いた。2002年は復活し、25本塁打・89打点、キャリアハイの出塁率.370を記録。チームは2年連続で地区優勝を果たすが、ディビジョンシリーズでカージナルスに3連敗で敗退。4年契約を満了し10月29日にフリーエージェントとなるが、12月7日に再契約。2003年は38歳にしてリーグトップの10三塁打を記録。2004年はチームが地区最下位に低迷し、7月31日レジー・アバークロンビーらとの交換トレードで、ブレント・メインと共にロサンゼルス・ドジャースに移籍。

ドジャース時代

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移籍後は13本塁打・46打点を記録。10月2日サンフランシスコ・ジャイアンツ戦でサヨナラ満塁本塁打を放って逆転勝利し、チームは9年ぶりの地区優勝を果たした。シーズン通算で36本塁打・94打点を記録し、39歳にしてキャリアハイの本塁打数となった。自身4度目の対戦となったカージナルスとのディビジョンシリーズは1勝3敗で敗退。10月28日にフリーエージェントとなった。

エンゼルス時代

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12月11日アナハイム・エンゼルスに移籍。

2005年は打率.222・12本塁打に留まるが、チームは2年連続の地区優勝。ポストシーズンでも打率.150に終わり、チームもリーグチャンピオンシップシリーズシカゴ・ホワイトソックスに1勝4敗で敗退した。

ジャイアンツ時代

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12月22日エドガルド・アルフォンゾとの交換トレードでジャイアンツへ移籍。2006年6月14日の古巣ダイヤモンドバックス戦で、初回先頭打者本塁打を放って通算300本塁打に到達し、史上6人目の300-300(300本塁打・300盗塁)を達成した。41歳ながらリーグ4位タイの12三塁打を記録するが、打率.246・6本塁打に終わり、オフにフリーエージェントとなった。

ロッキーズ時代

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2007年2月24日コロラド・ロッキーズと契約。しかし打率.181・1本塁打と結果を残せず6月13日に解雇され、引退。

詳細情報

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年度別打撃成績

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O
P
S
1989 BAL 8124121735545226925173621511303.249.298.318.616
1990 142513464461191643152372291053232538.256.304.328.632
1991 HOU 15965659684170281082425434181064252658.285.331.406.737
1992 16268660784177291352475544916258636310.292.355.407.762
1993 142585545691451513821044196632813658.266.304.385.689
1994 944173736410316511162331371312802523.276.329.434.763
1995 SD 13963056210416723810236443612425953628.297.366.420.786
1996 16172165512619545930348952281556548720.298.354.531.885
1997 14361556010114626528266921532743239210.261.313.475.788
1998 1596746199215440614248671233445031039.249.301.401.702
1999 ARI 15666359010015632103431010384256373944.264.336.525.861
2000 1526235391001512753529396126296578879.280.361.544.905
2001 140548495661362741421373117234791678.275.337.430.767
2002 1505775058214524425252891641365737310.287.370.499.869
2003 1475825168214824102225870158035746946.287.363.500.863
2004 10445640461111161231984884654011529.275.338.490.828
LAD 582502243159120131104613322100305.263.324.491.815
'04計 162706628921702813630894979761118214.271.333.490.823
2005 LAA 1124404064190203121525484142633716.222.271.374.645
2006 SF 13948142666105211261684070344622556.246.320.394.714
2007 COL 4310294917301232000081042.181.245.245.490
MLB:19年 25831046093971443254844912430441571167320118917584469531299152.271.332.442.774
  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰

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記録

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背番号

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  • 10(1989年 - 1990年)
  • 12(1991年 - 2004年途中、2005年 - 2007年)
  • 16(2004年途中 - 同年終了)

外部リンク

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