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丸の内TOEI

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
丸の内TOEI
Marunouchi Toei


丸の内TOEIが入る東映会館

地図
情報
正式名称 丸の内TOEI(1)・(2)
旧名称 (1):丸の内東映
(2):丸の内東映パラス→丸の内シャンゼリゼ
完成 1960年9月19日
開館 1960年9月20日
開館公演 『海賊八幡船』
(監督沢島忠、主演大川橋蔵 (2代目)
閉館 2025年7月27日
最終公演 丸の内TOEI(1)『動乱 第1部 海峡を渡る愛 / 第2部 雪降り止まず
丸の内TOEI(2)『ONE PIECE FILM RED[1]
収容人員 (2館合計)871人
設備 ドルビーデジタルサラウンドEX、DLP
用途 映画上映
運営 東映株式会社
所在地 104-8108
東京都中央区銀座3-2-17
位置 北緯35度40分24.3秒 東経139度45分53.4秒 / 北緯35.673417度 東経139.764833度 / 35.673417; 139.764833 (丸の内TOEI
Marunouchi Toei
)
座標: 北緯35度40分24.3秒 東経139度45分53.4秒 / 北緯35.673417度 東経139.764833度 / 35.673417; 139.764833 (丸の内TOEI
Marunouchi Toei
)
アクセス JR有楽町駅から徒歩約5分
東京メトロ銀座駅C6出口から徒歩約3分
外部リンク 丸の内 TOEI
特記事項 略歴
1960年:開業
1989年:丸の内東映パラスを「丸の内シャンゼリゼ」に改称
2004年:「丸の内TOEI①・②」に統一
2025年:閉館
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丸の内TOEI(まるのうちとうえい)は、東京都中央区東映が所有していた映画館

概要

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東映の現本社(東映会館)が竣工した1960年9月20日[2]丸の内東映丸の内東映パラス(洋画封切館、1989年に丸の内シャンゼリゼへと改称)として開館。2004年10月に現在の館名に改称。2スクリーンを備えていた。

東映会館が開館してから60年以上経ち、老朽化していることから2025年夏頃を目処に再開発を開始、これに伴い同年7月27日に丸の内TOEI(1)で上映された『動乱 第1部 海峡を渡る愛 / 第2部 雪降り止まず』と、丸の内TOEI(2)で上映された『ONE PIECE FILM RED』をもって本劇場を閉館した[3][4][1]

本劇場の閉館により東映は、2022年12月4日をもって閉館した渋谷TOEIとともに同社直営の映画館が消滅した。それに伴い、本劇場の運営を担っていた同社部署の「映画興行部」を2025年8月1日付で廃止し、同日以降の映画興行については同社子会社のティ・ジョイ(現:東映ジョイ・エンタテインメント新宿バルト9T・ジョイ横浜など[5])に引き継がれた[6]

また、本劇場が入居していた東映会館内の東映の本社機能は同年7月22日に中央区京橋2丁目の京橋エドグランに移転した。その一方で東映会館の跡地は、東映グループ中長期VISION「TOEI NEW WAVE 2033」内のプロジェクト施策の1つとして、ホテル・店舗を中心とした商業施設に転換する再開発を実施し、2029年頃にかけて完成予定となっている[7]。なお、映画館の新設も検討されたが、立地条件などから見送られている[8][9]

各館の特徴

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丸の内TOEI②のスクリーン

丸の内TOEI①

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定員511人。東映本体の大作作品が主に上映されていた。東映系チェーンのチェーンマスター。

丸の内TOEI②

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定員360人。東映系のチェーンマスターの一つであり、東映ビデオ、ティ・ジョイといった東映グループにおける中小配給部門の作品や、ムーブオーバーの作品も上映した。元々は丸の内東映パラスとして欧米のドキュメンタリーを含めたエロ・グロ作品を中心とする展開であったが、1972年東映洋画が設立されると洋画系のチェーンマスターになった。その後1989年3月11日に「丸の内シャンゼリゼ」へと名称を変更し上映作品の路線を変更、以降はミニシアター的な洋画が中心で末期には邦画作品も上映していた時期があった。また渋谷東急チェーンの映画作品も上映していた。

システム

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2009年2月7日より、全席指定・定員入替制を導入した。このため、1階のチケット売場で購入できる前売券・株主券などのチケットは、当日券(日時指定券)に引き換えてから入場するシステムとなった。

また、2019年よりインターネットでチケットが購入できるシステムが導入された。

隣接するマロニエゲート銀座2地下フロアにオーケー銀座店が2023年11月に開店してからは、同店で購入した飲食物の持ち込みが可能となっていた[10]

備考

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1960年代から1970年代の新聞広告では、本館の説明に「西銀座フードセンター前東映会館内」と書かれていた[11]

脚注

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  1. 1 2 丸の内TOEIが65年の歴史に幕、吉永小百合がグランドフィナーレに駆け付ける、2025年7月27日、映画ナタリー
  2. 『東映の軌跡』東映株式会社、2016年3月、98頁。
  3. 丸の内TOEIの閉館日が7月27日に決定、北大路欣也・吉永小百合・舘ひろしが感謝伝える”. 映画ナタリー (2025年1月16日). 2025年1月16日閲覧。
  4. “丸の内TOEI 邦画名作42本を映画会社の垣根を越え一挙上映 7・27閉館へ「さよなら企画第1弾」 ”. スポーツ報知 2025年2月17日閲覧。
  5. 会社案内PDF、東映株式会社、12頁
  6. 東映株式会社組織改定のお知らせ”. 東映 (2025年8月1日). 2025年8月14日閲覧。
  7. 東映、1960年開館本社ビル東映会館の再開発発表、ホテル・店舗を中心とした商業施設を建設”. 日刊スポーツ新聞社. 2024年5月15日閲覧。
  8. “【連載】丸の内TOEI跡地に映画館新設しない理由は…賃貸収入で映画に投資も”. 日刊スポーツ (株式会社日刊スポーツNEWS). (2025年7月23日) 2025年8月11日閲覧。
  9. 本店移転日の決定に関するお知らせ”. 東映 (2025年6月27日). 2025年7月27日閲覧。
  10. OK_EDLPのツイート(1798187993423093975)
  11. 「広告」『スポーツニッポン』スポーツニッポン新聞社、1969年6月26日、10面。

外部リンク

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