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東川崎町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
日本 > 兵庫県 > 神戸市 > 中央区 > 東川崎町

東川崎町(ひがしかわさきちょう)は兵庫県神戸市中央区町名の一つ。元々は兵庫津の一部で、江戸時代、旧湊川 - 宇治川間の川尻に兵庫津北浜の一町として誕生した。明治中期[注釈 1]から昭和6年(1931年)まで兵庫東川崎町と呼ばれた。現行行政地名は東川崎町一丁目から東川崎町七丁目。郵便番号は〒650-0044。

客貨分離以前の神戸駅および湊川駅 (国鉄)の所在地で、駅廃止後の跡地は再開発されて神戸ハーバーランドとなっている。

町内に川崎重工業の神戸本社や神戸工場が立地するため、同社の岐阜工場・明石工場・坂出工場がそれぞれ立地する岐阜県各務原市・兵庫県明石市香川県坂出市の「川崎町」のように同社に由来する町名と思われがちだが、全くの偶然であり、同社とは関係ない。上述の通り、旧湊川の東の川尻(川崎)の意であり、同社の設立以前から存在する町名である。なお、兵庫津の北の入江(佐比ノ入江)付近に位置し、当町よりも先に兵庫津北浜の一町として誕生した川崎町(現在の兵庫区七宮町・兵庫町の各一部)も、もちろん同社とは関係ない。

歴史

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  • 1895年明治28年)1月31日 - 兵庫東川崎町を区分して同町に一丁目から七丁目までを設ける[2]
  • 1931年昭和6年)9月1日 - 兵庫東川崎町を東川崎町に改称[3]

主な施設

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著名な出身者

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  • 横溝正史(探偵小説家) - 同町にあった薬種商の家で生まれ育つ。自身も上京する前は、家業を継いで同町で薬局を開いていた[4]

脚注

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注釈

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  1. 「明治中期」の範囲について定説はないが、明治10年代の行政文書において既に「兵庫東川崎町」の表記の使用が認められる[1]

出典

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  1. 『兵庫県統計概表』(明治12年)兵庫県、1882年6月、83頁。NDLJP:807349/49「第四十八表」のほかに「第三十七表」(62頁)、「第四十七表」(73頁)においても表記例あり。
  2. 神戸郷土資料 1990, p. 2, 明治28年兵庫縣告示第17號.
  3. 神戸郷土資料 1990, p. 95, 昭和6年兵庫縣告示第679號.
  4. 「商号新設」『官報』第3623号附録、大蔵省印刷局、1924年9月18日、4頁、NDLJP:2955771/45。「商号 薬局春秋堂、営業所 神戸市兵庫東川崎町七丁目、商号使用者ノ氏名 横溝正史」

参考文献

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  • 『神戸郷土資料 1(町村名 大字小字名 改稱 変更 編入)』(改訂)永瀬巌、1990年9月1日。NDLJP:13130703/108